リスク回避志向
小母さん一家は東京から西宮に疎開してきたという設定になっている。
小母さんは父の従兄弟の配偶者ではなく母の従姉妹であり、遠いながらも清太たちと血縁関係がある。
節子のドロップは小母さんがプレゼントしたものとなっており[15]、またドロップ缶も清太の死後小母さん親子が引き取っている。
清太の通う学校が、野坂の母校でありアニメ版のモデルとされる神戸市立中[16]ではなく、その当時全国屈指の進学校であった県立神戸一中に設定されており、エリート軍国少年としての性格が強調されている。
小母さんの子供は2人から4人に増え、末の弟は病弱である。また家族のそれぞれに名前と性格が与えられ、特に長女であるなつは語り部として重要な役割を担っている。
原作では既に未亡人という設定であったが、ドラマでは清太たちを預かった後に戦死公報が届き、それまでの優しかった態度が急変するきっかけとして描かれている。
原作では下宿人であった同居男性は足の不自由な義理の弟とされ、食糧事情が厳しくなった結果、貯金を取り上げられ最後には家を出ていってしまう。
なお、ドラマ版の製作に当たって野坂昭如は「ドラマは、原作を離れてSEO
である。ぼくの小説が戦後六十年経った現在、違う形となり、今を生きる人たちに、戦争の惨たらしさを少しでも伝えられれば、原作者として有難いこと」とのメッセージを寄せている。
高畑勲のリアリズム志向により、1945年当時の風景が忠実に再現された[17]。作画に参加した庵野秀明が、神戸港での観艦式(清太の回想)の場面の軍艦(高雄型重巡洋艦「摩耶」)を出来るだけ史実に則って描写する事を求められ、舷窓の数やラッタルの段数まで正確に描いたという逸話が残されている。もっとも完成した映画ではすべて影として塗りつぶされ、庵野の努力は徒労に終わった[18]。しかしながら、こうしたリアル志向の作画は、前年に公開された『王立宇宙軍?オネアミスの翼』とともに、その後のアニメのメカ描写に大きな影響を与えたといわれる。
また、登場人物の会話はすべてネイティヴな関西弁であり、通常のアニメにありがちな違和感はまったく感じられない。「キイキ悪い[19]」、「(二本松の)ねき[20]」などといった現在ではほとんど使われることがなくなった古い表現も、原作小説のままに使用されている。ただ、いわゆる神戸弁を話すキャラクターは一人も登場せず、大阪弁に近い言い回しに統一されている点は、御影と西宮という阪神間が舞台であることを差し引いてもややモバイルSEO
な印象を受ける。
脚本に関しては、主人公の行動等で理解に苦しむ部分も幾つか指摘されている。西宮のおば以外の親戚や知人を必死で探してでも頼ろうとしないことや、働きもせずに遊んでばかりいるかのような描写[21]、防空訓練に参加しない理由などの説明不足[22]、旧海軍において士官[23]が戦死した場合には、恩給や海軍義済会(海軍軍人による互助機関)などにより遺族に対して手厚い補償と保護が行われる[24]ため、幼い兄妹が惨めな死に方をするという状況は考えにくい点などである(宮崎駿もこのことから本作の設定に苦言を呈している)。 さらに清太が持っていた貯金7000円は当時としては大金であり(昭和20年では白米10sで6円)、劇中で描かれるほど簡単には使い尽くされない。物資不足によるインフレーションが発生したり餓死者が頻発したのは敗戦後の混乱期である。戦時中は食料価格は国によって厳しく管理されていた。
このため本作品で描写されている悲劇は、あくまでも戦後ヒューマニズム思想に基くファンタジーであり、史実に則ったものではないとする批判意見も存在する。これらの設定はほぼ原作に準拠した内容であり、アニメ化に際して大きく改変されたものではない。野坂の原作そのものに問題があったとは宮崎の評である。
テレビドラマ版
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ドラマ版では、優しかった小母が徐々に冷たくなっていく過程を描くことで、横浜 マンション
は誰もがぎりぎりの生活を強いられていたことが強調された。ただし、ドラマ版の小母は、関西弁の話せない松嶋菜々子に合わせて東京の人間に改変されていたり、二人を追い出す行為をより正当化するために病気の子を養っている設定が追加されたこと、さらには清太の家と小母の家を、服装や門構えなどにおいて明らかに経済的格差があるかのように描き分けるなど、一概に「原作やアニメ版を深く描いた」と言えない部分もある。
小母の行動はアニメ版とは異なり、食糧盗難のかどで補導された清太を、一度保護しておきながら家での引取りを拒むなど、より徹底して残酷になっている。その反面、終戦後は娘とともに二人を探しに向かうなど一貫性が無く、やや奇異な印象を受ける。いずれにせよ、戦争という極限状態では、兵士のみならず誰もが加害者になりうるという例を示すことによって、反戦色を強く打ち出した作品であり、その製作意図はエンドロールの背景に映し出されたイラクの子供たちの姿にも明確に表現されている。
また、一人残された清太が三ノ宮駅で餓死するシーンには、「戦災孤児の保護が法律で定められた翌日のことでした」とのナレーションが重ねられた。現代の基準では、清太が警察に補導された時点で児童相談所等に通告され、弱った節子とともに保護されるべきものだが、劇中では警官が引取りを求めるだけで公的機関は何もすることはなかった。そうしたシーンを新しく挿入した背景には、当時の日本の児童福祉の貧弱さがあり、その大切さを考えさせる意図もあったと推測される。
清太の学校が神戸一中とされたのは、海軍兵学校を目指す秀才という設定に加えて、アニメ版でも描かれているように市立中学は戦災で全焼しているため、空襲による被害を免れ、当時の資料を多く残す神戸高校に協力を依頼したという事情もあると考えられる。このため父親の出征シーンでの清太は、戦前の神戸一中独特の特徴ある色の学生服を着用している。
その他
野坂昭如はこの作品を執筆していた当時、他にも小説やコラムなどの仕事を何本も抱え込んでいたと後に語っている。ひたひたと忍び寄る締め切りと何人もの担当者とのやり取りで受けるプレッシャーに晒され、まさに地獄のような日々の中でなんとか原稿を仕上げていた大変な時期だったという。また、孫娘の学校での宿題の「火垂るの墓の作者は、どういう気持ちでこの物語を書いたでしょうか」という問いに対し、「締め切りに追われ、ヒィヒィ言いながら書いた」と答えたと、テレビ番組で発言した。
テレビドラマ版は節子が死去した直後のCMでコンビニエンスストアの「北海道うまい物フェア」のCMが流れ、一部で『もう少し考るべき』との批判が起きた。伊集院光も自身のラジオ内にて批判した。
『ほしのこえ -The voices of a distant star-』は、『彼女と彼女の猫』に続く、新海誠の2作目の作品。25分のフルデジタルアニメーションの、監督・脚本・演出・作画・美術・編集を、新海が殆ど一人で行なったことが注目を浴びた。
第1回新世紀東京国際アニメフェア21公募部門で優秀賞を受賞し、実行委員会委員長の石原慎太郎都知事から「この知られざる才能は、世界に届く存在だ!」と絶賛を浴びた。
他にも 第7回アニメーション神戸・第6回文化庁メディア芸術祭 デジタルアート部門特別賞・第34回星雲賞 メディア部門・第8回AMD AWARD BestDirector賞 などの様々な賞を受賞し、個人制作のアニメーションでは 他に類を見ないほどの出来だとして、大きく評価されている。
繊細で美しい背景や、独創的な演出、大きなメッセージ性を秘めたプロット構成などが大きく評価されている。一方で、止め絵の多さや、キャラクターデザインのレベルの低さ、ドラマツルギーの弱さなどを、本作の欠点として指摘する人もいる。
本作では戦闘ロボットがモチーフとして登場するが、監督はロボットアニメをほとんど見たことがなく、製作途中に知人の紹介で『機動戦士ガンダム』、『蒼穹のファフナー』のメカニックデザインである鷲尾直広のデザイン画を見た程度だという。
DVDも発売され、10万枚以上(日本6万枚、国外4万枚)という個人制作のアニメとしては驚異的な大ヒットを記録し、新世紀インディーズアニメの金字塔とも言える作品となった。ラジオドラマ化、小説化、漫画化がなされたほか、DVDも世界各国で発売されている。
本作には、小説版・漫画版があるが、いずれも、アニメ本編とは描写の差異があるため、それぞれ別個の話とみなされる。2002年には メディアファクトリー MF文庫 から 大場惑 による小説版(ISBN 4-8401-0600-2)が、2005年には 講談社 アフタヌーンKC から 佐原ミズ による漫画版(ISBN 4-06-334984-5)が、2006年には エンターブレイン から 加納新太 による新小説版 「『ほしのこえ』 あいのことば / ほしをこえる」 が発売されている。
2039年、人類の調査隊は火星のタルシス台地で異文明の遺跡を発見したが、突然現れた異生命体によって全滅させられてしまう。その異生命体はタルシアンと名づけられ、その脅威に対抗すべく国連宇宙軍が組織された。
2046年、中学三年生の長峰美加子は、国連宇宙軍のロボットのパイロットの選抜メンバーとなり、翌年にはタルシアンの追跡調査のため編成されたリシテア艦隊の一員として、同艦隊旗艦〔リシテア〕に乗艦、地球を発つ。ほのかな恋心を抱く友人、寺尾昇を残して。調査艦隊がタルシアンの痕跡を追って、地球から離れてゆくにつれ、ミカコとノボルの距離も光年単位で離れ、二人の携帯電話メールのやりとりにかかる時間も次第に長くなってしまう。