株価の動向
確定申告や脱税と無縁の一般社会においては、玄人筋や富豪層の間でしか語られる事のなかった国税局の査察部(マルサ)を世に知らしめた映画である。エンターテイメントの題材になりえなかった脱税が現実のバブル経済と符合した結果、複雑なカネの流れが見事にストーリーに組み込まれている。犯人の逮捕や事件の裁判ではなく、脱税の証拠を見つければ勝負が決まるとした設定が、脱税者とマルサの攻防にスピードとスリルを生んだ。伊丹本人は本作制作の動機について、『お葬式』などのヒットによる収益を税金でごっそり持って行かれたために、税金や脱税について興味が湧いたため、と語っている。 企画・脚本の段階で徹底して行われた取材によるリアリズムもこの映画の魅力である。当初制作側は内容が内容だけに当局の協力は期待していなかったが、実際は「どうせ作るなと言っても作ってしまうだろうから、それなら納税者に誤解を与えない様に正確な内容にして欲しい」と取材に協力的であったという。脱税者がハンコや通帳をどのように隠すのか、それをマルサ職員がどのように発見するのかという具体的な描写が、他の映画にない面白さを与えている。但し、他の伊丹映画(ミンボーの女など)も同様だが、捜査手法や脱法の手口は「確実に」1世代または2世代前の内容でシノプシスが作られている。この点は、伊丹本人も映画の内容が悪用されないようにしていると答えているが、その道に詳しい学生や業者などから「いかにしろ手口が古すぎる」「判例が出ているので決着が見えすぎ」とする声があるのも確かであった。またストーリーにおいて権藤が障害者という設定に対する批判も存在した(この設定は山崎が85年に上演した舞台の演技を伊丹が見て採用された)。 劇中での署長室のレイアウトは当時の麻布税務署(東京国税局管内)署長室をそっくりそのまま再現したものであると言われている。また、主人公がパチンコ店店主にかざす電卓も税務署に備品として配布されているものと同型であり、銀行調査の際に提示する「質問検査章」(国税犯則取締法に基づく身分証票)も本物と思うほど精巧である他、各種決算書類も、プロの税理士から「いちいちつじつまが合っている」と言われるほど細かく記載された物が作られた。また、ある国税庁高官が、査察制度の講習を依頼され、東南アジア某国に出張した際、まずは制度の理解のためにと、本作を英訳して上映したという。しかし、パチンコ屋の脱税を暴くシーンは映画向けであり、実際の手法とはかけ離れていたものが見受けられた。 この映画の後、テレビなどでマルサを舞台としたドラマが何度か作られたが、リアリズムの点でこの映画を超えるできばえであったものはない。また、この映画の公開時期が、ちょうど消費税導入の議論が行われていた時期であったこと、バブル経済のまっただなかで地上げや暴力団による民事介入が頻繁に起こっていたことも、話題を呼ぶタイミングとして最適であった。 本作の悪役大金持ちのFX を演じた山崎努は、『天国と地獄』 (監督:黒澤明)において、権藤なる大金持ちに挑戦する貧乏学生を演じている。 『お葬式』『タンポポ』と続いた前二作品は、客観的に見るとほとんど悪人の出てこないいわゆる「ほのぼの」とした映画であった。前二作で高い評価を得た伊丹が満を持して世に送り出した今作は、前二作に出演した俳優が多く起用されているにも関わらず、全く趣の異なる「社会派コメディ」であり、その伊丹の引き出しの多さに多くの観客が驚かされた。緻密な取材に基づいた脚本、細部にまでこだわる演出、そして俳優達の鬼気迫る演技は高い評価を得、伊丹の映画監督としての地位を確立させた。そして「○○の女」と銘打った作品は後に四作作られる事になり、またそれとともに主演・宮本信子を日本を代表する演技派女優へと転進させた点で、今作は伊丹映画の路線を決定付ける記念すべき作品となった。前述のように、今作を伊丹映画の最高傑作と位置付ける者は多い。 前作『スーパーの女』がスーパーマーケットを舞台にした平和的な作品だったのに対し、本作では殺人事件を描くなどシリアスな作品になっている。伊丹映画としては初めての刑事モノで、公開2年前に社会問題となったオウム真理教の一連の事件と勢力を拡大する創価学会をヒントに描いた作品(劇中にもそれらしき描写、台詞が含まれている)。 「マルタイ」とは警察用語で捜査や護衛の対象になる人間を指し、本作では護衛対象者を指す。『FX の女』公開後の、伊丹へ対する山口組系後藤組構成員による襲撃事件で、自身が「マルタイ」になった経験がヒントになったようだ。 三谷幸喜が初期段階から参加し脚本も書いたが、最終的に伊丹自身が書いた脚本で製作された。そのため三谷の名が企画協力としてクレジットされている 女優の磯野ビワコは偶然弁護士夫婦の殺人現場を目撃してしまう。彼女も殺されそうになるが、危うく難を逃れ、警察の事情聴取後、殺到したマスコミの前で「裁判で証言する」と言ってしまう。しかし事件の裏には宗教団体「真理の羊」が絡んでいた。ビワコの命を狙う信者たちから守るため、2人の刑事が護衛につく。昔からのビワコの大ファンでミーハーな近松と職務に堅実な立花の正反対な刑事である。二人はビワコの護衛任務に就くが自由奔放でわがままな性格のビワコにいらだちを隠せない。一方、ビワコの方も自宅、仕事場、芝居の稽古、移動中、果ては愛人関係にあるテレビ局編成局長の真行寺との不倫現場へも二人の刑事が同行し落ち着かない生活を強いられていた。 しばらくして、教団幹部によって隠匿されていたくりっく365 の大木が逮捕されビワコに面通しが行われ犯人は大木にほぼ間違いないと立証された。大木もその後、自白し背後関係が掴めそうになると、教団幹部は顧問弁護士の二本松を使い、ビワコに証言をやめさせるように脅しをかけてきた。愛犬を殺された上、真行寺との不倫をマスコミにばらされたビワコは精神的に支障をきたし、証言を躊躇うようになる。 不倫が表沙汰になり、舞台を途中降板せざるを得なくなったビワコは、ショックから舞台衣装のまま姿を消す。ビワコが向かったのは事件現場で、居合わせた教団の刺客に襲われそうになるが、駆けつけた立花に救出される。さらにビワコを乗せて裁判所へ向かう途中にも、教団の刺客が執拗に危害を加えようとするが、命がけで立ち向かう立花らの姿にビワコはどんなことがあっても証言をするという覚悟を決めて、裁判所に入っていった。 劇中では刑事部門に属する捜査員が事件関係者の保護という名目で警護を担当しているが、実際には警備部門の人間が行うのが常。ただし、捜査員である刑事が捜査を離れて事件関係者を保護することもある。この場合はマルタイは通常の要人警護とは異なり、刑事事件の重要関係者に限られる。ビワコのケースでは殺人事件の現場に居合わせその犯行をありありと目撃してしまったこと、しかもそのことで命を狙われていること、しかも正義の証人として、犯人を告発しなければならないこと、また相手が組織犯罪者であり、何をしでかすか分からない凶悪な集団であった為、対人警護に長けた刑事二人がボディーガードを担当することとなった。水戸黄門 天下の副将軍(みとこうもん てんかのふくしょうぐん)は、1959年(昭和34年)公開の日本映画、時代劇。東映京都撮影所の製作による、月形龍之介主演の水戸黄門シリーズ第12作。同シリーズの代表作・最高傑作ともいわれる。シリーズ初のカラー作品で、美空ひばり・中村錦之助・大川橋蔵・東千代之介・里見浩太郎・丘さとみ・若山富三郎といった東映時代劇を支える若手スター勢ぞろいのお盆向け娯楽大作。劇中では美空ひばりの歌唱シーンが2回ある。配収は2億2581万円で、この年の邦画第8位となった。 時は元禄10年。将軍綱吉の後継者争いを嗅ぎつけた水戸黄門光圀は助さん・格さんとともに江戸に入府・登城し、幕閣らの妨げもものともせずに綱吉に兄の子・甲府綱豊を跡継ぎとするよう直言する。水戸家では、庶子であった光圀の亡き兄・頼重が支藩の高松藩主となったが、光圀は兄の子を本家の跡継ぎに貰いうけ、自分の実子・松平頼常に高松藩の二代藩主を継がせていた。 世情視察ということで神田の「丹前風呂」にお忍びで遊んでいた光圀主従は、大坂の商人・与惣右衛門と名乗る男から、頼常の狂気により高松藩が混乱して周囲が困っていると聞かされる。光圀本人の前と知ってか知らずか、光圀を罵倒する与惣右衛門に憤る謎の板前・伊之吉や水戸家側用人・大田原伝兵衛。 高松藩の難事に、光圀・助さん・格さんと伝兵衛は「水戸屋」一行として旅立つが・・・。